この力に一番戸惑っているのは俺なんだよね
「この力に一番戸惑っているのは俺なんだよね」 <br> このセリフは、猿渡哲也の漫画『TOUGH外伝 龍を継ぐ男』の主人公・長岡龍星（ながおか りゅうせい）の言葉である。 龍星は“悪魔を超えた悪魔”こと宮沢鬼龍の実子でありながら、長岡家の養子として育てられた存在。 知性と理性を武器に生きてきた彼が、血に刻まれた“龍の力”を覚醒させた瞬間、 自らの内に眠る暴力の本能に恐怖と混乱を覚え、 その心情を吐露する形で発したのがこの一言である。<br><br> この台詞は、単なる驕りでも悲嘆でもない。 **“理性を持つ者が本能を自覚する”**という、 猿渡作品の核心的テーマを内包した自己告白である。
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理性と本能の境界線
龍星は、東大理Ⅲを首席合格するほどの知性を持ちながら、 父・鬼龍の血を受け継ぐ“暴力の天才”でもある。 彼にとって「力」とは誇りではなく、**制御不能な遺伝の呪い**に近い。 だからこそ、このセリフには“力の獲得”ではなく“力への恐怖”が滲む。 猿渡作品では、強者であるほどその強さに怯えるという逆説が繰り返し描かれる。 龍星はその極致に立つ存在であり、 この一言は**「理性で本能を見つめる者の苦悩」**を象徴している。
静かな口調が示す自己崩壊
「俺なんだよね」という語尾は、淡々とした日常の口調でありながら、 そこにこそ“狂気の予兆”が宿る。 この落ち着いた言い回しは、猿渡作品特有の**感情と文体のズレ**を生み、 龍星の心の不安定さをより際立たせる。 叫ぶでもなく、拳を握るでもなく、ただ静かに告白する。 その静けさが、彼の恐怖の深さを物語っている。
「鬼龍の血」という宿命の継承
猿渡哲也作品において、“血”は常に宿命と呪いの象徴である。 宮沢家の血筋は、代々“龍”としての才能と暴力性を背負ってきた。 龍星が口にするこの一言は、まさに**血に対する自我の抵抗**であり、 「自分の力に戸惑う＝鬼龍の血に抗う」という構図が見えてくる。 父の影を超えたいという理性的願望と、 本能が引きずる暴力への傾倒――その狭間で揺れる龍星の心が凝縮されている。
「一番戸惑っているのは俺」という二重構造
この台詞の巧妙さは、「一番」という自己客観化にある。 龍星は“周囲が自分を恐れている”ことを理解しており、 それでもなお「最も怯えているのは自分だ」と明言する。 ここには**“他者の恐怖を理解しつつも、それを超える自己嫌悪”**がある。 猿渡作品にしばしば見られる“強者の孤独”が、 このシンプルな構文に凝縮されているのだ。
